大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所沼津支部 平成8年(ワ)178号 判決

静岡県伊東市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

藤森克美

東京都千代田区〈以下省略〉

被告

ユニバーサル証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

米里秀也

浦田武知

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、金二三〇万円及びこれに対する平成五年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求(主位的請求及び予備的請求)

被告は、原告に対し、金三四一万〇〇五四円及びこれに対する平成二年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、一般投資者である原告が、証券会社である被告に対し、主位的には、ワラントの無断売買により、原告の損失の返還を求めたものであり、予備的には、勧誘の際の違法行為により、不法行為に基づいて、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告(昭和九年生)は、○○ゴルフ場でコースの芝の管理をしており、被告は、有価証券等の自己売買、売買の委託の媒介・取次・代理、引受け・売出し、募集・売出しの取扱いについて、大蔵大臣から免許を受けた総合証券会社である。

2  取引

原告は、昭和四八年から、東光証券株式会社(昭和五九年一〇月一日、商号を被告に変更した。)伊東支店で現物株の取引をしていたところ、被告の伊東支店の従業員B(以下「B」という。)から、ワラント売買の勧誘を受けた。

原告名義で被告伊東支店から購入された外貨建ワラントは、次のとおりである(以下、これらを総称して「本件ワラント」といい、また、個々のワラントを「三越ワラント」などという。)。

(一) 銘柄 三越

購入代金 四七九万九八一二円(平成元年一一月二四日約定)

売却代金 四九三万六四八一円(平成元年一二月一三日約定)

(二) 銘柄 アルプス電気

購入代金 三九六万二一〇九円(平成元年一二月一三日約定)

売却代金 四四五万三八三八円(平成二年一月一一日約定)

(三) 銘柄 三菱地所

購入代金 三七一万九六七一円(平成二年一月一六日約定)

売却代金 三三二万九九六九円(平成二年二月二日約定)

(四) 銘柄 日産自動車

購入代金 三六四万八七五〇円(平成二年二月二日約定)

二  原告の主張

1  主位的請求について

原告は、本件ワラントのうち三越ワラントについては、その購入を承諾したが、アルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントについては、いずれもBが原告に無断で購入したものである。

したがって、アルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントの取引契約は無効であるから、原告が最終的に出捐しその全額を失った日産自動車ワラントの購入代金三六四万八七五〇円に三菱地所ワラントの売買により被った損害三八万九七〇二円を加えたものから三越ワラントの売買による利益一三万六六六九円とアルプス電気ワラントの売買による利益四九万一七二九円を差し引くと、Bの無断売買による原告の損失額は三四一万〇〇五四円となる。

2  予備的請求について

Bは、被告の業務として、次のとおり違法な行為を行ったものであり、その結果、原告は、本件ワラント取引による損益金三四一万〇〇五四円相当の損害を被った。

(一) 適合性の原則違反

ワラント取引は、プロの投資者に適合した取引であって、一般投資者に適合しない取引であるが、原告は、本件ワラント取引以前には株の現物取引の経験しかなく、しかも、それ以上投機的な取引を臨んでいない平均的な一般的な投資者であるから、ワラント取引に適合しない顧客であるというべきであるのに、Bは、適合性の原則に違反し、嫌がる原告に本件ワラントの購入を勧誘したものであるから、その勧誘行為は違法である。

(二) 説明義務違反

ワラントは、一般投資者にとって馴染みのないものであり、極めてハイリスクな証券であるから、証券会社は、顧客が不測の損害を被らないようワラントの危険性を理解できる最低限度の知識・情報を提供しなければならない。ところが、本件ワラントの売買に当たっては、Bは、三越ワラントの購入勧誘時に期限が二年であると説明したのみで、ワラントについての危険性、商品構造、取引形態等を説明せず、かつ、取引説明書も渡さなかったものであり、その後も、何ら説明をしなかったものであるから、その勧誘行為は違法である。

(三) 不当勧誘(断定的判断、虚偽・誤解表示の提供)

Bは、原告に対し、「外国株」という名称でワラントの購入を勧誘したものであり、そのため、原告は、外国で発行される株式であり、新聞の株式欄には値段が掲載されないものと認識した。これは、明らかに虚偽・誤解を生ぜしめる表示である。

また、Bは、ワラントの購入を渋った原告に対し、「絶対に損はさせない。」、「五〇万円、一〇〇万円は直ぐに儲かる。」などと断定的な判断を提供して、本件ワラントの購入をさせたものである。

右のような勧誘行為は、いずれも違法である。

(四) 助言義務違反

外貨建ワラントは、購入後の証券会社による価格情報の提供及び売却時期の適切なアドバイスが必要不可欠であり、証券会社としては、顧客に対し、助言義務を負っているところ、被告は、原告に対し、価格情報の提供をせず、アドバイスを何ら行わなかったものであるから、右助言義務を怠ったというべきである。

三  被告の主張

1  主位的請求について

原告は、本件ワラントのうちアルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントについては、いずれもBが原告に無断で購入したものであると主張するが、Bは、原告に対し、電話でその取引を行うことを話しており、その直後、ワラントの「預り証」を交付しているので、原告に無断で売買がなされたことはない。

2  予備的請求について

Bあるいは被告の行為には、何ら違法な点がない。すなわち、原告は、昭和四八年に口座を開設して以来、現物株売買を中心に取引経験が豊富であり、しかも、自ら買付銘柄を選定して注文をすることも多かったことから、本件ワラント取引について適合性を有しないとはいえない。

また、Bは、本件ワラント取引に当たり、ワラントについて十分な説明をし、これについて記載がある説明書を交付したものであり、原告は、これを納得した上、自己の判断と責任において取引をしたものであるから、説明義務違反はなく、不当勧誘もない。

さらに、Bは、日産自動車ワラントの相場状況について原告に伝えており、助言義務違反もない。

四  争点

1  本件ワラントのうちアルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントの取引が原告に無断でなされたか。

2  被告の不法行為責任の有無

3  原告の損害額

第三判断

一  本件ワラント取引の経過等について

前記第二の一の事実、証拠(一三、一四の1ないし3、一八、乙一、二の1ないし3、三ないし五、六の1ないし3、七の1ないし7、八、九、一〇の1ないし5、証人B、原告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告(昭和九年生)は、中学校を卒業後、農業に従事していたが、昭和三八年から、○○ゴルフ場に勤務し、コース芝の管理を担当している。なお、同ゴルフ場の始業時刻は午前七時三〇分、終業時刻は午後五時となっている。

2  原告は、昭和四八年、被告伊東支店で株式取引を始めるようになり、いわゆる現物取引を継続的に行ってきた。そして、昭和六三年二月から、Bが原告の担当者となり、株取引がなされていたものであり、これらの株取引において、原告が銘柄を指定することもあったが、これとは反対に、Bがこれを勧誘し、原告がその購入を承諾することもあった。

3  Bは、平成元年一一月二二日の夕方、原告に電話で三越ワラントの購入を勧誘し、原告の承諾を得たので、同月二四日午前八時一八分ころ、原告名義で三越ワラントを代金四七九万九八一二円で発注した。

そして、Bは、原告が、同日午後、被告伊東支店を訪れたので、原告に「外国証券取引口座設定約定書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下「説明書」という。)に添付されていた「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印してもらい、説明書を交付した。これに対し、原告は、それまでにワラント取引の経験がなく、これに関する知識を持っていなかったため、Bの勧誘するワラント取引を外国株取引であると認識していた(なお、原告は、同月二二日、Bから、電話で三越ワラントの購入の勧誘を受けたことはなく、また、同月二四日、説明書の交付を受けていない旨供述する。しかし、Bが、現物株の取引のみをしワラント取引の経験のなかった原告に事前の了解も得ないで、ワラントを発注するというのは不自然であり、また、説明書には「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」が添付されており、これに原告が署名押印したことに照らすと、原告の右供述は採用できない。)。

4  原告は、三越ワラントの購入代金については、科研製薬の株取引による売却利益を充て、不足分は平成元年一一月三〇日に現金四一万〇九五三円を振込送金した。

その後、三越ワラントの価格が上昇したので、Bは、同月一三日、三越ワラントを四九三万六四八一円で売却して一三万六六六九円の利益を原告にもたらすとともに、原告名義でアルプス電気ワラントを代金三九六万二一〇九円で購入し、その代金を三越ワラントの売却代金で決済した。そして、Bは、同月二二日、原告の自宅で、三越ワラントの「預り証」と引換えに、アルプス電気ワラントの「預り証」を原告に手渡した。

5  Bは、平成二年一月一一日、アルプス電気ワラントを四四五万三八三八円で売却して四九万一七二九円の利益を原告にもたらした。さらに、同月一六日、原告名義で三菱地所ワラントを代金三七一万九六七一円で購入した。そして、同月二九日、原告の勤務先で、アルプス電気の「預り証」と引換えに、三菱地所ワラントの「預り証」を原告に手渡した。

6  さらに、Bは、平成二年二月二日、三菱地所ワラントを三三二万九九六九円で売却したが、原告において三八万九七〇二円の損失があった。それと同時に、Bは、原告名義で日産自動車ワラントを代金三六四万八七五〇円で購入し、同月一五日、原告の勤め先で、三菱地所ワラントの「預り証」と引換えに、日産自動車ワラントの「預り証」を原告に手渡した。

7  Bは、本件ワラントの取引期間中に、これ以外に、原告に対し、外国株ファンド等の購入を勧誘したところ、原告は、その購入に応じた。

さらに、原告は、本件ワラントの購入後も、被告伊東支店との間で、株取引を継続している。

8  原告は、本件ワラントのうち日産自動車ワラントの権利行使期間が平成五年一〇月五日であるにもかかわらず、売却の機会を失して権利行使期間が経過したものである。その結果、原告は、本件ワラントの取引により、三四一万〇〇五四円の損失を被った。

二  主位的請求について

原告は、三越ワラントの購入を承諾したことは間違いがないが、アルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントについては、いずれもBが原告に無断で購入をしたものである旨主張し、原告作成の陳述書(甲一三)及び原告本人尋問の結果中には、これに沿う記載部分ないし供述部分がある。確かに、Bが、アルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントの購入に当たり、事前に原告の承諾を得ていたことを裏付ける確たる証拠がなく、また、注文伝票(乙七の1ないし7)には、原告からの実際の受注日時が記載されているものではないことからすると、アルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントの購入については、事前に原告の承諾を得ていなかったのではないかと考える余地がないでもない。

しかしながら、Bが原告に無断でその購入をしたのであれば、原告が「預り証」の交換に応ずるはずがないところ、前記認定のとおり、Bから、アルプス電気、三菱地所及び日産自動車の各ワラントの「預り証」を受領していることに照らすと、原告は、結局のところ、これらのワラントの購入を承諾していたものであり、Bが原告に無断でその購入をしたものであると認定することは困難であるといわざるを得ず、原告の右主張に沿う記載部分ないし供述部分は採用できない。

三  予備的請求について

1  ワラント取引の特質等について

ワラントは、新株引受権付社債(ワラント債)のうち、新株引受権の部分を社債部分から分離したものであり、それ自体で取引の対象とされており、一定期間(権利行使期間)内に所定の価格(権利行使価格)で一定数の新株を買い受けることができる権利(証券)であるが、我が国の市場では馴染みがなく、かつ、価格変動が激しくなる可能性があるので、ワラントの取扱いが禁止されていたが、金融の自由化等の必要から、昭和六〇年一〇月以降、国内での発行・取引がなされるようになった。そして、ワラントは、権利行使時に発行会社の株価が権利行使価格を上回らないときは、ワラントを行使する意味がなく、権利を行使しないまま権利行使期間を徒過すると、ワラントは、無価値となる。また、ワラントの価格は、権利行使価格と株価との差額部分である理論価格(パリティ価格)によって規定されるが、現実のワラントは、パリティ価格とプレミアム価格(株価上昇の期待度、権利行使期間の長短、需給関係等の複雑な要因によって変動する。)によって形成された市場価格で取引がなされている。

加えて、ワラントの価格は、基本的には、株価に連動して変動するが、その変動率は、株価より大きく、株価の上下に対しその数倍も変動することがある(ギアリング効果)。また、プレミアム価格の変動は、不安定でその予測が困難なものであり、株価が下がらなくても、ワラント価格が下がることもある。

したがって、ワラントは、少額の投資で大幅の利益を得ることができる場合もあるが、その反対に、損失を被ることもあり、株式と比べて、ハイリスク・ハイリターンな金融商品である。

2  被告の不法行為責任について

前記認定のとおり、ワラントは、株式の現物取引等と比較して、ハイリスク・ハイリターンな金融商品であり、しかも、昭和六〇年一〇月以降、国内での発行・取引がなされるようになったもので、一般には馴染みが薄く、商品の意義・性質、取引の危険性、価格情報等についても、一般に知れ渡っているとはいい難い。そして、証券会社は、証券取引に関する豊富な知識、経験を有しており、一般の投資者は、証券会社の勧誘や助言を信頼して、証券取引を行っているのが実情である。

したがって、証券会社及びその従業員は、ワラントの購入の勧誘に当たっては、一般の投資者の職業、年齢、資力、投資目的、投資経験等に照らし、ワラントによる利益や危険性に関する的確な情報の提供や説明を行い、一般投資者がワラントについて正確に理解をした上、その自主的な判断でワラント取引をするか否か決定できるようにすべき注意義務を負うものというべきである。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告は、昭和四八年から現物株の取引を継続していたものの、本件ワラント取引以前には、ワラント取引の経験がなかったものであり、Bは、電話で原告に三越ワラントの購入を勧誘しその承諾を得た上、その発注をした当日、店頭で、原告に対し、説明書を交付したものであり、その後の取引においても、ワラントの危険性について説明をした状況が窺われない。そして、原告は、これを外国株と認識してその購入を承諾したものである。

そうすると、Bにおいては、原告がワラント取引の危険性等について的確な認識を形成することができる程度に、その説明を十分にしなかったものと認めるのが相当である。

これに対し、Bは、店頭で、原告にワラントの勧誘した際、①株式の何倍かの動きをすること、②為替の影響を受けること、③新株を引き受ける権利があること、④行使価格があること、⑤行使期限が切れると、無価値になってしまうことなどの説明をした旨供述する。しかしながら、前記認定のとおり、Bは、三越ワラントの購入について、電話で原告の承諾を得ているが、電話でワラントの性質・危険性等を十分に説明するのは事実上困難であるというべきである。のみならず、Bは、原告に説明書を交付した時点では、既に三越ワラントを発注しているので、この段階では、原告に対し専らワラントの取引の有利性に比重を置くのが自然であり、その危険性の説明については消極的にならざるを得ないものと考えられるから、ワラントの危険性等について説明を尽くした旨のBの右供述は採用できない。

以上の事情を考慮すれば、Bは、原告に対し右説明義務を尽くしていなかったから、被告は、民法七一五条により、原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の損害について

前記認定の事実によれば、原告は、Bの前記不法行為により、本件ワラントによって生じた損失三四一万〇〇五四円相当の損害を被ったものと認めるべきである。

4  過失相殺について

前記認定のとおり、原告は、Bからワラントの購入を勧誘された際、外国株と誤解して本件ワラントを購入したものであり、原告においても、ワラント取引の危険性等を十分理解しないまま、安易にその購入に応じた過失がある上、原告は、Bから説明書の交付を受けていたのであるから、これを読んでBに詳しい説明を求めるなどして、ワラントの危険性を十分理解するよう努力すべきであったにもかかわらず、Bの主導によるワラントの取引を継続し、また、日産自動車ワラントについては、売却もしないままその権利行使期間が経過し、そのために損害を被るに至ったものであるから、この点でも原告に過失があったというべきである。

前記認定のBの勧誘行為の違法性の程度及び原告の過失を考慮すると、本件においては、過失相殺により、原告が被った損害額の三割程度を減ずることとし、原告の損害額を二三〇万円と認めるのが相当である。

5  附帯請求について

本件ワラントの取引においては、権利行使期間の最も遅い日産自動車ワラントの権利行使期間である平成五年一〇月五日の経過により損害額が確定したものというべきであるから、同月六日を附帯請求の起算日と認めるのが相当である。

四  結論

以上のとおりであるから、原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は、不法行為に基づく損害賠償として二三〇万円及びこれに対する平成五年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却する。

(裁判官 打越康雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例